キャサリン・サリバン)これから少しお時間を頂いて核廃絶という問題についてお話しをさせて頂きたいと思います。
まず皆さん方に音を使ったデモンストレーションをひとつご紹介します。これは1980年代に私がまだ13歳の時に学校で初めて経験した、音を使ったデモンストレーションです。ボストンのマサチューセッツにある物理学者が1982年に考案したデモンストレーションで、これから皆さんにお聞かせするのは、今日、世界に存在する核兵器の脅威を想像するためのものです。
では、まずこの最初の音をお聞き下さい。
<ひとつの音>
今、丸い玉を容器の中に落としました。これは、第二次世界大戦の中で使われていた全ての弾丸、手榴弾、地雷、爆弾、機雷、そして広島・長崎その都市に住む人びとに落とされた2つの原子爆弾の音を表しているのです。そしてこれからお聞かせする音は、現在世界に存在する全ての核兵器の音を表しています。
<長く続く連続音>
もし、今の音をお聞きになって皆さんの心の中に、恐れ、怒り、悲しみといった感情が起きたとしたら、それは皆さんが人間として健全であることの証です。核の廃絶や人権といった課題に取り組む中で非常に重要なことは、自らの感情を尊重し受け入れることです。そして、自らの心の中に生じた恐れ、怒り、悲しみ、そしてそこから更に発生する新たな感情について目を向けることです。
最初に“恐れ”を持った場合、私たちは勇気を自分たちの中で強めていくことが必要です。自らの勇気を強めることによって、どんな困難があってもそれに負けることなく、核廃絶のためにその取り組みを続けることができるのです。被爆者は勇気を持って自らの生を生きるという、よいお手本を示してくださっています。
“怒り”が生じた場合、私たちは自らの信念を強めていく必要があります。この感情を持つことによって、強い信念を持って平和のために取り組む情熱の原動力となるのです。この点においても被爆者は非常によいお手本を示しています。信念を持って生を生きるということです。60年にわたって被爆者の皆様方は世界に対して核兵器が究極の悪であることを訴え続けてきました。世界に対して復讐ではなく、自分たちが経験したような苦しみを他の誰にももう味わわせたくないということをメッセージとして訴え続けてきたのです。被爆者の皆様方というのは誓いを立て、信念を培っていくという姿勢を私たちに示してくれる先生のような存在です。
“悲しみ”が生じたとき、私たちは愛情を感じ他者に対して“共感”の気持ちを持つことが必要です。“共感”というのは元々の意味は苦しみを分かち合うことです。被爆者の方々が体験された苦しみを思うに当たり、私たちの感情の中には“悲しい”という感情が生じます。それによって私たちは更に大きな共感の気持ちを持てます。全ての人類に対する共感の気持ちであり、これが核廃絶に向けた我々の取り組みの情熱の源になるのです。この意味においても、被爆者は私たちの心の中に愛情と共感の気持ちを更に強く持たしてくださる先生のような存在です。生き地獄を経験された被爆者は、それでもなお愛することができ、微笑むことができ、喜ぶことができる。これは全ての人類に対して最も素晴らしい側面を語っていると思うのです。被爆者の方々が体験しておられるのは、最後に残るのは憎しみではなく愛情であるということです。
未だ被爆者の方々と時間を共有することができる時間が残されている間に、私たちは被爆者の方々から勇気・信念・共感を学んでいくことが必要なのです。同じく重要なこととして、どの様にして闘ってきたのかと同じく、なぜ被爆者の方々は闘ってこられたのかを学ぶことでもあります。そして、その後の激しい差別をどのように闘ってきたのか。これらを被爆者の方々に問うだけでなく、何故生きることを選ばれたのかということも被爆者の方々に問うべきなのです。そして、我々が被爆者の方から勇気・信念・共感をどの様に自分の中で高めていけるかを学べれば、人としてより良くあろうとするその力を自ら更に育んでいくということにもつながります。
私の親愛なる友人で、下平作江さんという長崎の被爆者の方がいらっしゃいます。彼女がおっしゃっていたのですが、被爆者は2つの間での選択を迫られたということです。“生きる勇気”と“死ぬ勇気”です。下平さんや今日この会場にいらっしゃっている被爆者は“生きる勇気”を選んだ方々です。今日生きる我々も、あらゆる悲劇を克服できるということです。そして我々は協力して全ての核兵器を廃絶できるということにもなります。
高橋)ありがとうございました。被爆者の皆さんの思い、そして勇気というものに対して大変深い共感に満ちたご発言を頂けたと思います。デモンストレーションを皆さんはどのようにお感じになったでしょうか。私は人類の狂気というのでしょうか、そういうものを感じて、ちょっと背筋が寒くなる様な思いをいたしました。その後ちょっと悲しくなるような気分におそわれました。最初の第二次世界大戦の時の広島・長崎を含むあの音を世界が許してしまったことが、今日のすさまじい“音”というものにつながってしまったのではないかという思いを禁じ得ません。サリバンさんが言われたように勇気を持ってこれに立ち向かっていかなければ大変なことになるという思いを改めて強くいたしました。
それでは被爆者の立場から小西悟さんにご発言をお願いしたいと思います。よろしくお願いします。
|