■発言者      


■コーディネーター 
崔 鳳泰さん(チェボンテ・弁護士)
キャサリン・サリバンさん(軍縮・平和教育研究家)                      
小西 悟さん(日本被団協事務局次長)
高橋 哲哉さん(東京大学大学院教授)
司会)それでは、パネルディスカッションを始めます。まず、パネリストの方々とコーディネーターをご紹介いたします。お一人目は韓国の強制動員被害真相糾明委員会の事務局長の崔鳳泰さんです。国際市民会議では「被爆者の要求と権利」の分科会でご発言を頂きました。お二人目はキャサリン・サリバンさん。アメリカで平和・軍縮教育をすすめておられます。今日行われました「ヒロシマ・ナガサキの継承」をテーマとした2つの分科会でご発言を頂いております。三人目は日本原水爆被害者団体協議会の事務局長の小西悟さんです。今日までおこなわれておりました国際市民会議の準備に大変力を入れてこられました。会議では「核兵器の犯罪性」の分科会でご発言頂きました。最後に、本日コーディネーターをお願いしております東京大学大学院教授の高橋哲哉さんです。高橋さんは国際市民会議での実行委員のお一人でもいらっしゃいます。それではよろしくお願いいたします。
高橋)みなさんこんにちは。ご紹介頂きました高橋哲哉でございます。一昨日からノーモアヒロシマ・ナガサキ国際市民会議が行われ、熱い議論が交わされました。それを受けての市民集会でのパネルディスカッションです。この国際市民会議は、被爆60年であらためて広島・長崎への原爆投下の加害の責任と被害の実態というものを明らかにして、それが二度と繰り返されてはならない犯罪であったことを確認し、それを全面的な核廃絶へと繋げていきたいという意図のもとに行われた会議です。私も議論に参加し、大きな成果があがったのではないかと思っております。ここにお迎えしております三人のパネリストの皆さんも会議に参加された方々ですので、そこで交わされました議論などを踏まえてこの集会でもう一度あらためてご発言頂き、フロアの皆さんと議論するという形ですすめていきたいと思います。時間が非常に限られておりますので、早速まず崔鳳泰さんから発言を頂きたいと思います。
 

被爆者の主張が日本の戦争責任を明らかにする   崔 鳳泰(弁護士)

 皆さんこんにちは。私は韓国の日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会の事務局長の崔鳳泰です。「被爆者の要求と権利」の分科会に参加させて頂きましたが、その中で感じたものは、“被爆者の権利”という観点で見れば、60年間被害者達は本当に苦労なさったけれど、これからの課題がたくさんあるということです。特に真相を糾明することや被害者の人権の観点から見れば、国家を乗り越えた被害者として、朝鮮人被害者の問題が全く未解決の問題です。直接の加害者である原爆を製造し投下した責任に対して真相糾明し、これを解決しなければならない。この問題を解決しない限り、果たして日本という国が国連の常任理事国になれる資格があるかどうか、そこまで分科会で議論されておりました。
 私は真相糾明委員会の事務局長という観点から、日本のメディアからなぜ今になって韓国で植民地時代の動員被害について真相糾明する法律をつくったのか、韓国政府は何をしようとしているのかという質問を受ける事があります。ここで誤解をなさらないで欲しいのですが、この法律は韓国政府や政治家がつくった法律ではなく、被害者が国籍放棄宣言までしながら韓国政府と政治家に抵抗権を行使し遺書まで作成するなど被害者が命がけで闘い、その結果、韓国政府と政治家がやむを得ずつくったものですから、ある面では、韓国政府が自ら進んでつくった法律ではないし、作らされた法律であると話しております。
 このような話をした時、日本の記者の方はやっと状況を理解するようになります。結局被害に対する補償どころか真相糾明すらも、終戦後60周年を迎えはじめて一部可能となったことが、現在韓国の被害が直面している人権の現状です。
 一方この法律によると、被害にたいし真相調査申請をすることになりますが、この申請のうち約30%は日本の方です。私は広島と長崎の原爆被害者こそ、日本という国民国家の最大の被害者であると信じております。それは、日本の原爆被害者は原爆投下60周年となる今日まで、加害者から一言の謝罪と賠償を受け取っていないからです。謝罪と賠償どころか、正義の爆弾として称されているために、罪のない被害者がいまだ日本による侵略戦争のすべての責任を背負い、名誉回復すらなされておりません。また、加害者に対する合法的闘争の道は、サンフランシスコ講和条約を締結した当時、日本政府が責任放棄した大きな障害によりふさがれており、このような意味で彼らは二重の被害者であるといえます。
 私は日本の戦争責任は、戦争を指示し命令した者が責任をとるべきであり、力のない善良な原爆被害者が代わりにとるべきではないと考えます。従って、私は原爆被害者こそが自身の権利と名誉を回復しなければならないと思いますし、被害者が背負っている戦争責任の重荷を侵略戦争を遂行した者に引き渡し、原爆を製造し投下した勢力に対し、堂々と謝罪と賠償を要求すべきだと思っています。
 私はこの二つの課題のうちどちらかを優先することに反対します。むしろ原爆を製造し使用した勢力にむかい堂々と謝罪と賠償を要求する事が、今まで日本の原爆被害者が背負ってきた重荷を、侵略戦争を遂行した者に背負わせる過程だからです。
 私は、まず政府がサンフランシスコ講和条約締結時の情報をすべて公開し、日本の被害者が自身の権利がどのように処理されたのかについて知るべきであり、原爆被害者の権利が日本政府の結んだ条約により消滅されたのかを明らかにすることを第一歩だと思っております。特にその過程の中で、果たして韓国の原爆被害者の権利は日本政府はどのように処理したのか、これを本当にわかってほしいのです。このような過程において韓国人原爆被害者は日本の被害者にとってかけがいのない味方として活動できると思っております。
 このような権利のための闘争過程を通じ、被爆者のための原爆に対する正義を確立させ、被爆者の犠牲を本当に無駄にしない道が拓かれると信じております。

高橋)ありがとうございました。崔鳳泰さんは日本の植民地支配下での韓国人被害者の方々の人権救済や真相糾明を求めて仕事をされておられるのですが、その立場からこの原爆についてのアメリカ政府、そして日本政府の責任を厳しく追及すべきだというお話しをいただきました。これは、在韓、在朝被爆者の問題なども含めて、非常に重要なご発言だったと思います。このアメリカ政府と日本政府に対する責任の追求をきちんとすべきだという声は、被団協が行った『私の訴え』などでも非常に強く被爆者の声として出されています。その中で8割の方がアメリカ政府の責任、7割の方が日本政府の責任というものを強調しておられる。そしてそれを追求すべきだとおっしゃっておられます。
 それでは次にキャサリン・サリバンさんからご発言頂きます。通訳を含めて20分程度ですが、デモンストレーションをやって頂けるそうです。

  被爆者から勇気・信念・共感を学ぶ(キャサリン・サリバン)
キャサリン・サリバン)これから少しお時間を頂いて核廃絶という問題についてお話しをさせて頂きたいと思います。
 まず皆さん方に音を使ったデモンストレーションをひとつご紹介します。これは1980年代に私がまだ13歳の時に学校で初めて経験した、音を使ったデモンストレーションです。ボストンのマサチューセッツにある物理学者が1982年に考案したデモンストレーションで、これから皆さんにお聞かせするのは、今日、世界に存在する核兵器の脅威を想像するためのものです。
 では、まずこの最初の音をお聞き下さい。

<ひとつの音>

 今、丸い玉を容器の中に落としました。これは、第二次世界大戦の中で使われていた全ての弾丸、手榴弾、地雷、爆弾、機雷、そして広島・長崎その都市に住む人びとに落とされた2つの原子爆弾の音を表しているのです。そしてこれからお聞かせする音は、現在世界に存在する全ての核兵器の音を表しています。

<長く続く連続音>

 もし、今の音をお聞きになって皆さんの心の中に、恐れ、怒り、悲しみといった感情が起きたとしたら、それは皆さんが人間として健全であることの証です。核の廃絶や人権といった課題に取り組む中で非常に重要なことは、自らの感情を尊重し受け入れることです。そして、自らの心の中に生じた恐れ、怒り、悲しみ、そしてそこから更に発生する新たな感情について目を向けることです。
 最初に“恐れ”を持った場合、私たちは勇気を自分たちの中で強めていくことが必要です。自らの勇気を強めることによって、どんな困難があってもそれに負けることなく、核廃絶のためにその取り組みを続けることができるのです。被爆者は勇気を持って自らの生を生きるという、よいお手本を示してくださっています。
 “怒り”が生じた場合、私たちは自らの信念を強めていく必要があります。この感情を持つことによって、強い信念を持って平和のために取り組む情熱の原動力となるのです。この点においても被爆者は非常によいお手本を示しています。信念を持って生を生きるということです。60年にわたって被爆者の皆様方は世界に対して核兵器が究極の悪であることを訴え続けてきました。世界に対して復讐ではなく、自分たちが経験したような苦しみを他の誰にももう味わわせたくないということをメッセージとして訴え続けてきたのです。被爆者の皆様方というのは誓いを立て、信念を培っていくという姿勢を私たちに示してくれる先生のような存在です。
 “悲しみ”が生じたとき、私たちは愛情を感じ他者に対して“共感”の気持ちを持つことが必要です。“共感”というのは元々の意味は苦しみを分かち合うことです。被爆者の方々が体験された苦しみを思うに当たり、私たちの感情の中には“悲しい”という感情が生じます。それによって私たちは更に大きな共感の気持ちを持てます。全ての人類に対する共感の気持ちであり、これが核廃絶に向けた我々の取り組みの情熱の源になるのです。この意味においても、被爆者は私たちの心の中に愛情と共感の気持ちを更に強く持たしてくださる先生のような存在です。生き地獄を経験された被爆者は、それでもなお愛することができ、微笑むことができ、喜ぶことができる。これは全ての人類に対して最も素晴らしい側面を語っていると思うのです。被爆者の方々が体験しておられるのは、最後に残るのは憎しみではなく愛情であるということです。
 未だ被爆者の方々と時間を共有することができる時間が残されている間に、私たちは被爆者の方々から勇気・信念・共感を学んでいくことが必要なのです。同じく重要なこととして、どの様にして闘ってきたのかと同じく、なぜ被爆者の方々は闘ってこられたのかを学ぶことでもあります。そして、その後の激しい差別をどのように闘ってきたのか。これらを被爆者の方々に問うだけでなく、何故生きることを選ばれたのかということも被爆者の方々に問うべきなのです。そして、我々が被爆者の方から勇気・信念・共感をどの様に自分の中で高めていけるかを学べれば、人としてより良くあろうとするその力を自ら更に育んでいくということにもつながります。
 私の親愛なる友人で、下平作江さんという長崎の被爆者の方がいらっしゃいます。彼女がおっしゃっていたのですが、被爆者は2つの間での選択を迫られたということです。“生きる勇気”と“死ぬ勇気”です。下平さんや今日この会場にいらっしゃっている被爆者は“生きる勇気”を選んだ方々です。今日生きる我々も、あらゆる悲劇を克服できるということです。そして我々は協力して全ての核兵器を廃絶できるということにもなります。
高橋)ありがとうございました。被爆者の皆さんの思い、そして勇気というものに対して大変深い共感に満ちたご発言を頂けたと思います。デモンストレーションを皆さんはどのようにお感じになったでしょうか。私は人類の狂気というのでしょうか、そういうものを感じて、ちょっと背筋が寒くなる様な思いをいたしました。その後ちょっと悲しくなるような気分におそわれました。最初の第二次世界大戦の時の広島・長崎を含むあの音を世界が許してしまったことが、今日のすさまじい“音”というものにつながってしまったのではないかという思いを禁じ得ません。サリバンさんが言われたように勇気を持ってこれに立ち向かっていかなければ大変なことになるという思いを改めて強くいたしました。
 それでは被爆者の立場から小西悟さんにご発言をお願いしたいと思います。よろしくお願いします。

  国際的な法廷でアメリカの原爆投下を裁く 小西 悟
小西)小西でございます。一昨日から始まった国際市民会議ですが、特に中心的な問題は“原爆犯罪を裁く”ことであると思います。広島・長崎への原爆投下は人類史上最大の犯罪であったと言えると思うのです。広島・長崎への原爆投下といいますと、1945年8月になりますが、この8月あるいはその年で終わった問題ではないことは、皆さんご存じの通りです。いまだに苦しみは続いており、次の世代へ、また次の世代へと引き継がれていく危険性があります。この原爆犯罪には様々なものがあり、そこには日本政府の犯した犯罪も含まれます。例えば被爆者を限定したことです。あとから汚染地域に入った人達は、爆心地から2週間以内に2km半径の中に入った人だけが、被爆者として証明されることになっています。これはとんでもないことで、もっとたくさんの犠牲者が出ているはずです。しかし、それは今さらもう確認されませんから、被爆者とは認められないとなっていきます。また、12年間何の援助もせず、一番苦しんでいた時に苦しみを増やすようなことをしていった。国際赤十字社からの援助も断るということさえやっている。そして被害を隠蔽し嘘をつく。アメリカと一緒になってABCCを使って実験をする。アメリカの巨大な犯罪についている日本の政府が一緒になってやった犯罪が同時に重なっているのです。そしてそれが今まで続いていて、今63億の人類の命を一瞬のうちに消し去るという事態まで引き起こしてしまった。そのスタートが広島・長崎であったわけですから、原爆犯罪を私たちが裁こうとすると様々な問題を同時に考えなければいけません。
 私は崔鳳泰さんがおっしゃった問題は、非常に重要だと思います。日本政府は、侵略戦争や37年にも及ぶ植民地支配が及ぼした被害まで含めて、ものすごい罪悪を重ねています。こういう問題を置き去りにしておいて、原爆犯罪だけ裁くのはなかなかいきません。やろうとすれば全部やらなければならない。そういうことが、まだ、私たちの課題として非常にたくさん残っています。中国での残虐行為になりますと、被害者をまず捜し出して特定しなければなりません。そしてその人達にちゃんとした補償をしなければ、始末をつけたことにはならないですね。そういうことまで含めてアジア諸国や太平洋諸国の人との理解を得て、共同でこの闘いをすすめていける状態を作り出していく。これが本当なら我々が着手をもう始めていなければならない問題として残っていると思います。
 しかし、そういったことを含めて原爆犯罪という巨大な犯罪が未だに犯罪として確定していない。世界世論によって、これは人類史上最なもっとも凶悪な犯罪であるとは言い渡されていない。だからアメリカはいつまでたっても“あれは正当であり戦争の終結を早めて人命を救ったのだ”という逆のことまで言い続けてきております。ここをきちんと裁くことによってアメリカは犯罪とまで言わなくても、自分の罪を認めて謝罪し核兵器を捨てる、というところへすすんで行かせなければならない。そこへいかせるには、私たちはお隣の韓国の人達や中国の人達と手を結んで、世界的な世論をつくっていかなければなりません。
 国際的な原告団をつくって、あるいは大きな弁護団や支援団をつくって、国際的な法廷をやっていく必要があると思います。これは裁判所も使いますし、こういった市民の場でもやれますし、昨日は池田眞規先生の提案として、“国連をその場として使え”というのがありました。そういうところを使ってアメリカの犯罪を裁く、日本のやってきた戦争犯罪は、日本人が別の場でやらなくてはなりません。そして、日本がアメリカと一緒にやった原爆犯罪を、一緒に裁いていかなければいけないと思います。
 “被爆者は強い”とか“勇気がある”とか言われますが、本当は身体も精神も非常に弱い存在なのです。何故強くなるのかというと、運動の中で強くなれるのです。自分の体験を語る中で、それを聴いてくれた人がエネルギーをくれるのです。聴いてくれた人の反応が、語っている人に跳ね返ってくる事で被爆者は強くなっていくのです。ただ、被爆者は身体は元々弱いですから、家へ帰るとぶっ倒れているのがたいていのケースです。被爆者も様々におりますけれども、そういう弱い人間が強いものにある時突如として変わっていくのは自分だけの力ではないのです。
 しかし、それにしても被爆者というのは特殊な人種であります。先天的になっていると言ってもいいくらいに、“核兵器は嫌だ。絶対嫌だ“どんなことがあっても、どんな条件があっても、いつでも、どこでも、核兵器は絶対の犯罪許すことのできない、人間として絶対許せない存在である、使用などとんでもないという思いは、被爆者が被爆したときに獲得した本能的な認識になっているのではないかと思います。これを世界の共通財産にしていくには、私たちの努力はまだまだ太平洋諸国やアジア諸国に対して非常に不足しているように痛感しております。
高橋)ありがとうございました。被爆者の本能的な認識として核兵器は絶対に許せない、それから、絶対に許さないために世界的なあるいは国際的な原告団をつくって、米国あるいは日本などの責任を追及する法廷の試みを考えたらどうかというご提言を頂きました。順番は前後しますが、被爆者の立場から日本が広島・長崎に至るまでに朝鮮の植民地支配や中国の侵略戦争など、アジア侵略を行ってきたその責任というものを追求していく、また精算していく必要があるのではないか。これが非常に重要な課題であるというご指摘も頂きました。これは崔鳳泰さんの発言の中で、被爆者の人にそういった重荷が集中するのはおかしいと、被爆者が負っている戦争責任の重荷は侵略戦争を遂行したものに引き渡されるべきであるというご発言もありましたが、これは日本の市民社会が負っている責任が非常に重いだろうと思っております。
 三人のパネリストの方発言を頂きました。ここで20分という限られた時間ではありますが、フロアの皆さんからご意見・ご質問などをお受けしたいと思います。


発言者1)私は、インドネシアに一年間留学をしていました。その中で、日本にいる母から、高校生一万人団体のことを知りました。それまで私は、広島・長崎について歴史の授業でしか勉強したことのない普通の高校生でした。しかし、インドネシアに留学して、インドネシア人が日本人に占領され色々な被害を受けたことを教えられ、私なりに何か日本人として彼等にもっと理解できることがあればと思い、この活動に参加することを決めました。
 私もまだ活動を始めようという出発点に立っているところなので、どうしていいかわからない状況です。被爆地でない神奈川に住んでいますが、神奈川の高校生を中心に、同じ国で起こった事実をこれから広げていきたいと思っています。気持ち的に未だ出発点ということがあるので、またこれから色々活動に参加して、平和という活動をどんどん繰り広げて、子ども達からでも広げていけるように頑張りたいと思います。よろしくお願いします。

発言者2)みなさんこんにちは。私は長崎から来た被爆三世の高校生です。今まで小学校・中学校と被爆の日本の歴史を勉強してきました。私は、高校生一万人署名活動という長崎の若者の平和活動をおこなっていますが、その一環で韓国を訪問したときに、実際に在韓被爆者の方々のお話を聴き、被爆だけではなく歴史という二重の苦しみの中で生活していることを勉強をしました。そして在韓被爆者の方に「日本の侵略という歴史は、君たち若い世代には直接関係していることではないかもしれない。でも目を背けてはいけない」と言われました。
 わたしは今、被爆地長崎から被爆体験を若い世代で伝えていく署名活動を行っています。でも受け継いでいくものは被爆だけではなくて、互いの歴史も若い世代が受け継いでいかないと感じています。
 私たちは何人かの高校生で8月にスイス・ジュネーブにある国連欧州本部へ行きます。そこで、長崎の思い、日本の思いというものを伝えてくるのですが、本当に知識もあまりないし限られたことかもしれません。しかし、私たち若い世代は自分たちができるだけのことを精一杯やってきますので、被爆者や戦争体験者の方々も一人でも多くの若い世代に皆さんの思いを伝えていって頂きたいと思います。みなさん一緒に頑張りましょう。

発言者3)1つだけ質問させてください。放射線の問題ですが、医療機器その他に使われていますけれども、そういうところの被害というものを、どの程度調べられ、どの程度救済がたっているのか、そして私たちがそういう人達を見たときにどの様に判断していいか、教えて頂きたいと思います。

沢田)広島の被爆者で、物理学を専門にやっている沢田と申します。医療機器でも、例えば胸部レントゲン検査とか色々なことで放射線を浴びます。そういった放射線は浴びない方がいいですが、医療の場合、放射線を浴びたことによって治療ができることがあります。例えば癌治療の場合があります。胸部レントゲン検査でそういう病気を発見するとか、脳の腫瘍を発見するなどがあります。発見することで病気が治療できる面があります。放射線を浴びることでどんなに少量の放射線でも色々な影響は起こります。不必要な放射線は浴びない。これに越したことはありません。
 1960年代にたくさんの水爆実験が行われました。放射線物質が上空の成層圏にたくさんあって、それは小さな微粒子として今でも降ってきています。随分弱くなってきましたけれども、過去何十年間に戦争で亡くなった人に匹敵するくらいの癌による死者を出しています。そういう意味で放射線の被害というのはとても深刻です。なお、被爆者の集団訴訟では、微量な放射線を身体の中に取り込んだことによる深刻な影響が中心争点となっておりますので、被爆者の集団訴訟も是非支援して頂くようにお願いしたいと思います。

発言者4)日本被団協の事務局次長をしております岩佐です。今の状況は、確かにNPTでアメリカ・ブッシュ政権の横やりで結論でませんでしたけれども、基本は先ほど伊藤市長がおっしゃったように変わっておりません。これから2020年にむかって、今日を一歩にして大きな運動をつくっていかなければいけないと思います。私も証言するたびに“2020年まで生きよう!被爆者生きよう!”と言っています。そして、勝ち取っていこうと訴えておりますが、どうか皆さんも核兵器のない、戦争のない世界をつくるために一緒に頑張っていってください。
 それと同時に、そうしたひとつのきっかけとして10月18日に日本被団協は大集会を九段会館で開くことになっております。本日ご参加の皆さんもどうかその日に集まって頂いて、みんなで核兵器も戦争もない世界・世紀をつくるために一緒に闘っていこうではありませんか。
 日本被団協はアメリカの50を超える団体から推薦をしてもらい、ノーベル平和賞に推薦されております。アメリカではそうした推薦を支持する署名をノーベル平和委員会に送る運動をされております。ノーベル平和賞の受賞は被爆者だけの栄誉ではありません。日本国民と核兵器廃絶を願う世界中の人びとにその栄誉が与えられたことになると思いますので、どうか御支援の程お願いいたします。

発言者5)先ほど小西さんが最後に“核を使ったのは戦争の終結を早め人命を救った”とアメリカは思っていると言われました。では、アメリカの人命を救い、戦争の終結を早めたといいながら、広島の犠牲はそのままにほうっておいていいのですか。広島で犠牲者になった人はどうなのですかと問いたいです。やはり、今、核の道義上の違法性があるといわれますが、もしこの点がはっきりすれば、使用した人は、保有する以前に、使ったことに対する責任をとらなければいけないと思います。
 今、NPTでは5カ国の保有に対して責任を問うていますが、それ以前に使用したことに責任を問わなければならないと思うのです。それは、結果的には使ったことによって保有するようになったと思うので、使用した責任を道義的違反であるならば、罪を犯した人が償うことが少なくともその犯罪が許されるという形になるだろうと思います。本当にたくさんの人命を救い戦争終結を早めたというのであれば、人命を救った分、また、アメリカが経済的に損を免れたというのならば、その分をアメリカにお願いしてだしてもらってもいいのではないでしょうか。アメリカの人がそれをよくよく調べてもらって、どれほどの被害があって、どんなに大変かを調べることによって自分の罪の深さを自覚していく。それが本当に核をなくしていくひとつの過程ではないかと思います。

高橋)それでは、残念ながら時間も参りましたのでフロアの方の発言を打ち切り、最後にパネリストの皆さんに一言ずつ5分以内で頂きたいと思います。崔さん、サリバンさん、小西さんの順で5分以内でよろしくお願いします。最後の発言です。

崔)私は日本に来て、日本で韓国の戦争被害者の支援をされている方に、韓国の被害者の支援も大事だが日本の戦争被害者への支援をお願いします、と申し上げます。すると彼等は、日本は自分が戦争罪を犯した責任を全部とっていないから、自分の被害を世界的に訴えるのは無理だと言います。
 私はこのようなことをきいた時、必ず言い返します。それは、日本の責任をはっきりさせるためにも日本の被害者達がはっきり言える主張があると思うのです。だから、これはこの2つの課題のどちらを優先させることではありません。自分の被害に対しては堂々と権利として、ある面では義務として訴える必要があるということです。だからこういった面においても、特に被爆者は被害に対して、日本の方が先に立って強く訴えてください。
 それと、今日のテーマ“ノーモアヒロシマ・ナガサキ”なのですが、再発防止の最善の道は真相糾明だと思っています。そういう面で真相糾明の課題として5つの点を申し上げたいのです。
 1番目は“投下の目的”が何かです。これは戦争を早めに終わらせるために投下したのか、別の目的があるかどうか、これを真相糾明しなければいけない。
 2番目は、“radiation放射能の影響”です。2世とか3世まで遺伝するかどうか。不可能な部分はよくすることはできないが、今、日本政府とかアメリカ政府が持っている膨大な資料があるわけだから、それを全て公開して影響がどこまであるか、これが真相糾明の大きな課題だと思っております。
 3番目は、“広島・長崎を何故選択したのか”です。戦争を早く終わらせるためには総司令部があるところとか、戦争の責任者がいるところに投下するならば理解できるのですが、何故ただの軍事都市である広島と長崎を選択したのか、これも大きな真相糾明の課題だと思います。
 4番目は、“被害者個人の請求権が差別されたのかどうか”です。私は弁護士ですが、これは国家が国家と結んだ法律・条約によって、個人の請求、特に人道的な犯罪に対する請求に対して国家は勝手に処理することはできません。一般の請求権ならば国家が代わって処理するかもしれませんが、重大な侵害に対して果たして国が勝手に個人の請求を処理するかどうか。特にサンフランシスコ条約を結んだときに、アメリカ政府と連合国と日本政府が個人の請求権をどの様に処理したのか、その過程で日本政府はどの様な主張をしてどの様な反応があったのか、これは必ず真相糾明しなくてはならない課題だと思っています。
 最後に韓国人・朝鮮人被爆者の問題はどの様にとりあつかわれたのか。私はこの件で、アメリカに行って何回もアメリカの司法で責任を追及するために裁判を考えました。一番大きな問題は、アメリカでこのような訴訟をやってくださる弁護団を見つけることです。これはアメリカでも色々な事情があると思いますが、これからの課題だと思います。アメリカの弁護士と相談した結果、3つの段階を考えています。
 1段階目は“情報公開”です。日本政府よりアメリカ政府が持っている色々な資料、原子爆弾に関わってつくった企業や投下の目的などについてはっきりさせていく。これが1段階です。2段階は、原子爆弾を民間人に落としたことは許せないことですから、違法の確認が必要です。3段階目は謝罪と賠償なのですが、謝罪と賠償になると色々な複雑な問題が生じるので、できれば一緒にやりたいのですが、アメリカの色々な事情を見ながら、このような訴訟に入ることができればいいのではないかと最後に申し上げます。

キャサリン・サリバン)皆さんご存じの通り、戦争を終わらせる決定よりも核兵器を使用するという決定は、はるかに難しく複雑なものです。マンハッタンプロジェクトの中で投資された金額というのは、20億ドルです。核兵器の使用を決定するにあたって、もし戦争の終結にこれを用いないのであれば、このお金にどういった意味があるのか、そういった議論が生じていました。
 ドイツでは強制収容所においてたくさんの方々が亡くなりましたが、先月そこでの解放の記念式典が60周年を記念して行われました。強制収容所のような存在を、現在では容認する事は許されません。しかし同じ60年経った今においても、核兵器を広島と長崎で使用したことについて、未だ議論の余地がある状態です。非常に犯罪性の高い、邪悪な兵器を戦争で使用することは、決して許されることではありません。アメリカ人の生命・人命を救うために核兵器を使用したという論調は、真実というより精神的・心理的な帝国主義といえます。これからも歴史の様々な記録を検証する作業が続くと思いますが、その結果、広島・長崎において原爆を使用したことによってかえって戦争が長引いたことが明らかにされるのではないかと思います。
 私は、これからも歩みを前に進め、これからも被爆者の方々の証言と言葉に焦点をあて続けていくこが重要だと思っています。証言やお言葉をどの様に集めていくのか、その際どういった手段をとるべきか、そしてそれを後世に伝えていくためにどう保存していくかを考えねばなりません。これらは来る世代に対して非常に重要な贈り物になると思っています。
 核兵器という兵器をタイプとして考えた場合に、これは決して一度の爆発で終わるものではありません。二回三回と繰り返し被害を拡大させていく種類の兵器です。放射能、あるいは遺伝子に対する異常を核兵器を使用することによって引き起こし、このように広島・長崎で使用された原子爆弾は今でも使用の脅威が我々の周りにあるわけです。これは、将来の世代に対して、突きつけられている闘いでもあります。そして、今を生きる私たちこれから生まれてくる人達、みな地球に生きるひとつの家族として、これから取り組みに参加していくことができると考えております。

小西)特に、日本のことについて言います。戦争の被害を償えという要求を続けているのは、実は全国組織では日本被団協だけだと思います。戦争によって原爆を招いたのだから、日本政府はそれを償えというのが基本です。
 戦争被害者がたくさんいますので、みんなで一緒にそれをやればもっと変わっていたと思うのですが、残念ながら他の大きな組織ができないものですから、被団協は弱いものの団体ですが、頑張ってここまでやってこられました。これからもどこまでも追求していきます。
 朝鮮半島における侵略が及ぼした問題等も一緒に闘っていける方向になっているのですが、やはりエネルギーが弱く申し訳なく思っているところです。運動として、より強めていく必要があると思います。この問題は、アメリカを動かす上での鍵です。だから日本政府を変えなければならない。
 今、非核の国がたくさんできています。モンゴルは、一国だけで非核の国をつくってしまった。日本が非核の国になる時に、アメリカの一国暴力主義を倒す力が、非常に出てくると思います。日本が日本国憲法を掲げて、核兵器も戦争もない世界をつくるんだということを世界に乗り出していくのならば絶大な力になります。本当に世界を変えることができるのだと思うのです。それが私たち日本人の今どうしてもやらなければいけない問題だと最後に申し上げておきます。
 最後に被爆者達亡くなった被爆者達の思いを、峠三吉の“8月6日”を朗読いたします。

8月6日 (峠三吉)
あの閃光(せんこう)がわすれえようか 瞬時に街頭の三万は消え
おしつぶされた暗闇の底で 五万の悲鳴は絶え
渦巻くきいろい煙がうすれると ビルディングは裂け、橋は崩れ
電車はそのまま焦げ 涯(はて)しない瓦礫(がれき)と燃えさしの堆積であった広島
やがてボロ切れのような皮膚を垂(た)れた 両手を胸に くずれた脳漿(のうしょう)を踏み
焼け焦(こ)げた布を腰にまとって泣きながら群れ歩いた裸体の行列
地蔵のように散乱した練兵場の屍体(したい)
つながれて筏(いかだ)へ這(は)いより折り重なった河岸の群も
灼(や)けつく日ざしの下でしだいに屍体とかわり 夕空をつく火光(かこう)の中に
下敷きのまま生きた母や弟の町のあたりも 焼けうつり
兵器廠(へいきしょう)の床の糞尿(ふんにょう)のうえに のがれ横たわった女学生らの
太鼓腹の、片眼つぶれの、半身あかむけの、丸坊主の
誰がたれとも分からぬ一群の上に朝日がさせば
すでに動くものもなく異臭のよどんだなかで金ダライにとぶ蠅の羽音だけ
三十万の全市をしめた あの静寂が忘れえようか
あのしずけさの中で 帰らなかった妻や子のしろい眼窩(がんか)が
俺たちの心魂(しんこん)をたち割って込めたねがいを 忘れえようか!

高橋)ありがとうございました。パネリストの皆さん、フロアの皆さんの貴重なご発言によって、大変内容のあるディスカッションができたことにお礼を申し上げます。それでは、これでパネルディスカッションを終了いたします。
司会)三人のパネリストの方、そして、このパネルディスカッションをコーディネイトしてくださった高橋哲哉さん、本当にありがとうございました。高橋哲哉先生にも拍手をお願いいたします。

(文責:ノーモア ヒロシマ・ナガサキ国際市民会議事務局)


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