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と き 2004年8月6日13:30〜15:30 |
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パネリストのみなさん |
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岩佐幹三さん(日本原水爆被害者団体協議会事務局次長) 1929年福岡県生まれ。16歳のとき、広島で被爆。自らの体験に基づき被爆者運動に携わってきた。元金沢大学法学部長。石川県原爆被災者の会会長を長年つとめる。現在は、日本被団協で原爆症認定集団訴訟推進委員長として、原爆被害への国家補償実現にむけ奮闘している。 高橋哲哉さん(東京大学大学院教授) 1956年福島県生まれ。1983年、東京大学大学院哲学専攻博士課程単位取得。日本の戦争責任や教育基本法「改正」問題などについて積極的な発言を続ける。『茶色の朝』(大月書店)の解説や近著には『平和と平等をあきらめない』(晶文社、斎藤貴男との共著)などがある。 クリストファー・ウィラマントリーさん(国際反核法律家協会会長) スリランカの首都コロンボ市出身。スリランカ最高裁判事、オーストラリア・モナッシュ大教授を経て、1991年から2000年まで国際司法裁判所(ICJ)判事を務め核兵器の違法性を強調。現在は、コロンボを拠点に平和教育の普及に取り組む。 |
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アメリカの原爆投下と日本の戦争責任・被爆者対策を追及したい 岩佐幹三さん(日本原水爆被害者団体協議会事務局次長) |
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原爆被害は単に記憶されるべき過去の出来事ではない。けっして繰り返してはならない教訓として受け止められるべきだ。現に広島・長崎への原爆投下は、「あの日、あのとき」のみならず、いまなお被爆者をその全生涯にわたって苦しめ続けている。 あの日、16歳だった私は爆心地から1.2`の自宅で被爆した。家の下敷きになった母を助けることができず、生きながら焼け死ぬのを見捨てて逃げた。いざというときの無力さを嘆き、自分を責め続けてきた。天を恨み、運命を呪うような日々だった。私は原爆と闘うことを決意して、母を見捨てた自分の非人間的な行為から立ち直ることができた。 私の体験は、被爆した何十万人のなかのひとつにすぎない。もっともっと苦しい体験を経て、人生を送っている人もたくさんいる。あの日のみならず、いまなお被爆者に及ぼし続けている被害の実態を語り継いでいくことが、緊急かつ重要な課題になっている。 こうした核優位政策、核保有政策を阻止するためには、核兵器廃絶の国際世論をさらにいっそう強固なものに発展させて、世界諸国民の連帯の輪で取り巻き、これらの政策を無力化させなければならない。 被爆者の生命や人間としての尊厳を踏みにじったアメリカの政策は絶対に許せない。原爆=核兵器とその使用が、いかに非人間的で、人類の生存にとって犯罪的なものになるか、これらのことからも明らかで、その責任は追及されるべきだ。 |
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歴史的な判断をつきあわせる中でヒロシマ・ナガサキの犯罪性を共有する |
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「ヒロシマ・ナガサキを裁きたい」という思いが被爆者の中で強まってきていると聞いている。「ヒロシマ・ナガサキを裁く」とはどういうことなのかを、私なりに提起してみたい。とりわけ、責任を追及するということはどういうことなのか、60年近く経ってあらためて問われるのはなぜか、どうして今日までそれがなされなかったのかを、触れてみたいと思う。 「ヒロシマ・ナガサキを裁く」ことについて、核兵器の違法性を裁く点では、国際司法裁判所の判断が下されている。これは重要だと思う。にもかかわらず、広島・長崎へのアメリカ軍の原爆投下については、多くの人たちが認識しながら、日本国内でさえ公的に追及されたり、認定されたことがなかった。 このことは、アウシュビッツでも存在している。それを指摘したのが、ハンナ・アーレントという思想家だった。アーレントは1961年に行われたラドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴した。彼女自身ユダヤ人としてナチスの迫害を逃れてアメリカに亡命して、アメリカで活躍した。アイヒマンはアルゼンチンに逃れたナチスの一大戦争犯罪人として、殺人鬼として裁かれようとしていた。しかし、アーレントは裁判を傍聴して、アイヒマンは極端な悪意に動機づけられて途方もない罪を犯した犯罪者ではないと強調している。アイヒマンは法廷で、「ユダヤ人の殺戮が史上最大の犯罪になることはわかっていた。にもかかわらず、自分はナチスの官僚であって、上の命令に従って義務を忠実に果たした。職責を果たした点で、非難されることはない。したがって私は罪の意識を感じない」と述べている。ここからアーレントは、現代の大量殺戮事件は単にひとにぎりの人々の強烈な憎悪によって生じるのではなく、それを支える巨大なシステムが存在して、それに関わる無数のふつうの人々の参加ではじめて可能になると主張した。 さて、ここで私はアジアに対する日本の問題を指摘せざるを得ない。 いずれにせよ、日本の植民地支配や戦禍をこうむったアジアの人たちからすれば、原爆投下は侵略政策を放棄しなかった結果もたらされたと見えるのだろう。このような認識を持つ人たちに、原爆の惨禍・被害の痛みを理解してもらうには、日本人の側がアジアにもたらした惨禍と痛みを理解する、そして、その責任を果たすように努力しなければならない。「ノーモア ヒロシマ・ナガサキ」は、アジアへの加害責任をふまえなければ、説得力を持たない。 いずれにせよ、中心にあるのは、米大統領と当時の日本の指導層の責任だ。こうした戦争責任の追及が必要だが、「戦争責任」という言葉を狭く捉えてはいけない。植民地支配の中での被爆者の問題も考えなくてはならない。とりわけ、朝鮮半島の被爆者の人たちのことを忘れてはならないだろう。韓国や朝鮮民主主義人民共和国の被爆者たちに対する日本政府の態度も改めて問われなければならない。 こうした問題を公の場に乗せるようにすること、そうした被爆者たちの声に耳を傾けること、日本・韓国・朝鮮のなかで議論を重ねることが重要で、こうしたことを抜きにヒロシマ・ナガサキを裁くことはいつまでたってもできない。 ヒロシマ・ナガサキの人々は恩讐を越えて訴えてきたのだ、いまさらそれを裁くことで対立をあおる必要はないという考え方もあるかもしれないが、ここで問題になるのは報復ではない。報復ではなくて、裁きなのだ。報復と裁きを区別することを、私は強調したい。アメリカは9.11に対する報復を明確に掲げ軍事行動にでたが、私たちが求めたのは、報復ではなく裁きだった。裁きというのは、裁判所に訴えを持ち込んで責任を裁いてもらうこともあるが、これは極めて難しいのも現実だ。他方、実際の裁判所に提訴できないので、民衆法廷という形で追及することもある。日本軍慰安婦問題については、民衆法廷の試みがあり、成功を収めたと思っているが、結果、慰安婦問題の解決がすすんだとは必ずしも言い切れない状況にある。私は、ヒロシマ・ナガサキについては、法廷の裁き以前に、さまざまな立場の人々に原爆投下についてどのような判断をもっているのか、率直に語ってもらって、厳しい対立を乗り越えていくことが重要だと思う。裁きとはJudgementだが、これは判断という意味もある。私たちは広島・長崎への原爆投下をどのように判断するのか、その責任をどう判断するのかについて、米の正当化論者や韓国、中国の人たちなどと判断をつきあわせ、少しでも普遍的な判断を形成する努力をすべきではないかと思う。 |
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国際法に照らせば原爆投下の違法性はおのずと明らかになる |
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来年の国際市民会議は最も重要な会議になる。被爆から60年経つのに核兵器の禁止について何もなされていないからだ。時間はなくなりつつある。核兵器に反対する運動を永遠に続けていくわけにはいかない。核兵器のない世界をつくる機会は徐々に小さくなってきている。時間の経過とともに核の危険は大きくなるばかりだ。まず、核戦争は起こらないだろうという考えをなくすことが第一歩だ。現在の国際情勢では、どんなことでも起こりうる。世界の大国によって国際法が無視されている。世界全体で3万発以上の核兵器が存在する。そのなかには、広島に投下された原爆の1千倍もの威力をもつものもある。 |
| ※この「概要」は記録保存のために作成したもので、文責はすべて「ノーモア ヒロシマ・ナガサキ国際市民会議」実行委員会事務局にあります。 |
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